(04/12/15 e-mail)

先日、韓国はソウルで講演をしてきました。主催は韓国の月刊誌「人と山」と言う日本の山と渓谷みたいな雑誌です。今回が僕にとって2回目の韓国講演で3年前にテグ市でスライドを見せながら話をした事があります。
今回の韓国サイドの希望は一般ルートからのピークハントばかりを狙う韓国のアルパインクライマー(素晴らしいクライマーも沢山いると思うが)に技術的な挑戦やスタイルを意識した登山方法について話をしてもらいたいと言われていました。

当日は僕が追求し実戦してきたクライミングをスライドを交え1時間30分ほど話しましたが200人ほどの観衆は集中して聞いてくれましたし、ほぼ満足していた様子でした。多分、他人やスポンサーなどを意識せず自由にクライミングを楽しむ方法と僕の生き方なども理解してもらえたと思います。

講演終了後にはイタリアンレストラン?につれて行かれましたが僕の腹はぜんぜん満足出来ず伝統的な冷麺を出す店にその後すぐに行きました。やはり暖かい床の上で食べる冷麺のほうが、だんぜん美味しく韓国の味をやっと満喫できたのです。

翌日は北風の吹くなか韓国クライマーたちとインスポンの易しいルートに行きましたカメラマンの希望で時々立ち止まりながらのクライミングで、とにかく手足の痺れること、途中ダウンベストに毛の帽子まで借りましたが、それでも寒く12月のインスポンの厳しさを実感しました。また噂に聞いていたとおり韓国クライマーがスラブに強いのには驚かせられました。

今回は滞在日数が4日と短い間でしたが、本当に色々なクライマーに出会え、僕も何かを与えたかもしれませんが、何よりも僕自信が、これから伸びて行くだろう韓国クライマーから新しい刺激をもらいました。とりあえず次に行く時は暖かい時期を選びゆっくりと登りたいと考えています。

話は変わりますが、やっと新しい家の人工壁も完成し そして引越しも終え、再びゆっくりとした生活に戻りました。

現地の新聞(中央日報)記事

(04/11/18 e-mail)

12年間住んでいた所から今月引越します。
なぜならば、今のここはとても寒いし、明らかに近頃谷側に傾いてきているからです。
そして今回、現在の家からさらに上流の奥多摩湖が見下ろせる場所に移ります。今度の場所は日当たりも良く小さな畑もあり、断然環境は良くなりますがまたまた古い家です。ですから この2ヶ月はクライミングに出かける以外の日はほとんどぺンキ塗りと大工仕事についやしてます。言っても直さなければならない個所がとても多いので。素人ながら最近解ってきた事はペンキ塗りは集中力、大工仕事は想像ですね。とりあえずどちらも楽しくて夢中になり1日はあっという間に過ぎてしまいます。実を言うと 小学生の頃、真剣に将来大工になりたいと考えていた時期もありました。友人がくれた大工道具が一通りあるのですが、さすがに電気ノコギリを使う時は緊張します。もしもこれで残っている指でも切り落とした時には目もあてられません。

先日は一部屋の天井をぶち壊しました。これは人工壁を設置するためです。
人工壁は日本登攀クラブの大工である友人が協力してくれてますが、その他今回は本当に多くの友人、知人の方に協力しいただいてます。それもほとんど無償で。全く感謝です。と言うわけで11月は久しぶりにクライミングに集中できませんが12月からはまたもとの生活パターンに戻りたいと考えてます。


(04/10/14 e-mail)

ネパール、チベットの旅を終えて帰国しました。
ネパールトレッキングはいろいろ大変な事もありましたが、それなりに楽しめました。
チベット ギャチュンカンのクライミングギア回収の旅は氷河の変化が激しく残念ながらわずかなゴミ以外持ち帰る事はできませんでした
しかし これもなかなか良い思いでとなりました


(04/09/10 e-mail)

8月31日、中国は四川省から帰ってきました。結局目標のビックウォールは登れませんでした。可能性は薄いとは感じていたものの心のどこかで完登できるのではとも思っていましたが。

まず天候が悪かった(25日間中20日は雨が降る)のは自然の事だから仕方ありませんが、あの寒い北壁に対応できる身体に仕上がっていなかったし、弱点である手足の保温のためもっと装備を検討するべきだったかもしれません。しかし疲れ果てるまで登れたので多少ですが満足しているし何より久々にビックウォールを触れたので嬉しい気持ちもあります。またこれほど巨大な壁がわずかなアプローチで挑戦できることに感謝しなければならないとも思ってます。

3700メートルに設置したベースキャンプの環境は今までの数多い海外クライミングの経験からしても素晴らしいほうでした。女性チームが挑戦(残念ながらもう少しのところで敗退)した牛心山(4900m)の取り付きまでわずか1時間、また僕が挑戦したポタラ(5400m)北壁まで4時間弱で行け、ベースキャンプの近くには、川が流れ生活するのには便利でした。そして沢山の美しい高山植物、またヤクやヤギなどの動物達が歩きまわり我々を楽しませてくれる場所でした。

さてポタラ北壁はツルツルの壁で弱点はほとんど無く可能性のあるラインは、今にも落ちそうな怪しげな岩がいくつも引っかかり、もしも誤って墜落したら岩ごと落ちロープを切断する事も考えられるルートでした。また1時間たりとも日が当たらないので寒く さらにこのルートはコーナーを形成しているためひとたび雨が降ればとたんに流水溝に変化し僕の体をびしょびしょになり手足の感覚はすぐに失うほどでした。

僕は今回はたしてどのくらい登ったのだろうか。900メートルはあると思われる北壁のうち3分の1も登っていない。多分250メートルぐらいでしょう。それが精神的にも肉体的にも限界でした。クライミングの後はあまりの疲労のため食事もうけつけない日もあり毎回エルキャピタンで行われるような厳しいエイドクライミングまたは登山靴での難しいフリークライミングは現在僕が持っているわずかなテクニックはすべて使ったと思います。

さてこれからどうするか。来年再挑戦しようと思っています。すでに中国は成都の旅行会社の事務所に沢山のクライミングギアを残してきています。少し登攀時期を考え、そして全身の持久力などを高めもう一度挑もうと思っています。ここで諦めると僕の肉体も精神もストップしてしまうし、あのポタラ北壁は登るべき壁だと思います。本当はのんびりと乾いた岩でも登りたいのですがすぐに海外に出る予定もあります。9月中旬からネパールに行き少し仕事をしてから、そのまま国境を越えチベットに入り2002年秋にギャチュンカン氷河に残してきた我々のゴミ(登攀具など)を回収する旅に出発する予定です。

ポタラ峰 5400m?

無名峰 5500m

牛心山 4900m?

(04/07/17 e-mail)

中国は四川省のビックウォールに向け8月2日、日本を出発します。滞在期間は約1ヶ月を考えています。現時点で成功する可能性はと聞かれれば40%と答えると思います。それでは生きて帰れる可能性はと尋ねられたら笑ってごまかすでしょう。
目標の山は、老鷹岩、ポタラ峰、無名峰の3峰のうちいずれかの北壁に挑戦します。現場に行き双眼鏡で細部を調べた後、山を決定します。いずれの山も標高は5500メートル前後、北壁の高さは1000メートル近くで未踏壁です。10日以上岩壁の中で一人登り続けるのかと思うと不安よりも、あのクライミングの世界に戻れるのだと言う喜びの方が勝っています。
昨年の11月にこの計画を考えてから9ヶ月、本当に時間が過ぎるのを早く感じました。少しづつクライミングと体力のレベルを上げる努力を続けてきましたが、実際には目標のレベルまでには、やはり到達できませんでした。なかなかうまく行かないものです。しかしこんな事も今までに何度も経験しているので強い不安感はありません。成功率が少ない方が楽しみは増えるものです。しかし先月、錫杖岳の注文の多い料理店と言うルートを単独で登りましたが予想していたよりも良いスピードで抜けられたのは少々自信につながりました。また岩場では最近は小川山やミズガキなどでワイド系のクラックを沢山登っていますが昔の感覚が戻り始めています。昨日は富士山に高度順化のために登りました。富士は5合目から頂まで、そんなに一生懸命歩いたわけでもないのに2時間ぐらいで登れました。
今回中国のビックウォールを挑戦するにあたって、仮に失敗したらと言うことも現在考えています。たぶん来年も再挑戦するでしょう。昔の様に絶対成功させるぞと言う強い意気込みはありません。今の段階では挑戦できるだけで良しとしなければと思っています(多分、登り出したら僕の性格上、敗退などしたくないと思うだろうが)
僕のクライミング人生の第2幕はどのようなスタートをきるか他人事の様ですが大変楽しみです。これを読んでくれている人には9月上旬には結果を報告できると思います。(無事に帰ってこないとこの後、久しぶりに仕事があるし他の計画もある)
それでは期待せずに待っていてください。それでは・・・

追伸
今週号のアエラと7月31日のNHK、朝7時30分ぐらいにニュースにでます。


(04/05/24 e-mail)

中国のための練習として、2本のルートを単独で登って来ました。
1本目はミズガキは十一面岩のベルジェール。昔も登ったことのある10ピッチのルートです。単独登攀のシステムを復習しスピードを意識しながらの登りでした。
2本目は西伊豆は海金剛のスーパーレイン。オールフリーで登ろうと思ってましたが多くの場所で人工を使ってしまいました。時々現れる脆い岩に緊張もしましたが海風にあたりながらの気持ち良いクライミングでした。

2本を、登った感想としては、全身の持久力が元気な頃と比べ かなり落ちている事を痛感しました。手足をかばいながらの登りのために余計な神経を使っているのでしょう。登った翌日は本当にバテバテになってしまいました。中国では10日も連続で登らなくてはならないのです。もっと大胆な動きが出来るようになりたいです。

しかしゲレンデのようなルートとは言え、久しぶりの単独登攀で以前には、頻繁に経験していた感覚を再び体験できました。出発前のあの物悲しい気持ち。挑戦への意味を無理やりにでも見出そうとする試み。一人だと言う恐怖と開放感などなど。また今回は、「せっかく生き残れたのに、またあの世界に戻るのか」と言う気持ちまでが、加わり今まで以上に複雑でした。

実際、中国のビックウォールの事を考えると期待感の中にわずかながら怖さが現れている事も事実です。
出発まで2ヶ月ちょっとですが、挑戦する資格のある体調では現時点ではありません。他人事の様ですが、どこまで後2ヶ月で引き上げられるか見物です。

話しは変わりますが水槽の中で冬眠していたクワガタが起き出しました。クワガタ用のゼリーを食べ始めました(時期的にまだ早いのでは)毎日、15分ほど眺めています。ちなみに、巨大ムカデまでもが出没しはじめてしまいました。しばらくは緊張の日々です。それでは・・・


(04/04/12 e-mail)

「垂直の記憶」が良く売れているらしいです。嬉しい限りです。

しかし外見がとても綺麗なので中身に自信のない僕としては・・・
友人の中には「本当に自分で書いたの」と聞く人もいますが、本当に自分で(パソコンが手元になかったので鉛筆で)書きました。今、読みなおしてみると直しておけばよかった個所や、もう少し文書を加えておけばと思える個所が、たくさんあります。遅い話しですが。ちなみに4月下旬には増刷されるみたいです。

本より問題はクライミングです。フリークライミングはレベルが少しづつ上がっていたのに最近は、頭打ちです。考えるに今までは、経験でカバー出来ていましたが、これからさらに上を目指すには、絶対的に筋力不足のような気がします。実際、指の力は、元気な頃の5分の1くらいでしょう。登っているだけでは不十分なようで筋力トレーニングも必要そうです。(プロティンもたくさん飲んで)少しだけ嬉しい事は、先日、今までは、全くぶら下がる事が出来なかった3cmほどの手がかりに数秒ですがぶら下がれるようになった事です。

山も苦労してます。

4月1日に八ヶ岳の阿弥陀北西稜に登ってきましたが。切った方の右足が、しもやけのように(凍傷ではないと思うが)なってしまいました。今も痺れてます。身体は寒くなかったのに。これからは国内の登山でもビタミン剤や軟膏の使用も考えなくては、ならないでしょう。これで、4月に予定していた穂高などの登山はダメになりました。滝谷などに行きたかったのに。

今は、この様に色々問題を抱えてますが8月に予定している中国のビックウォールへの挑戦は、諦めたくないので、(いつか写真を公開します)今、出来るトレーニングを続けたいと思います。(寒くない場所でロングルートの単独登攀等)ちなみにそのビックウォールは標高、約5500メートルの未踏峰、壁の標高差 約1000メートル、予定登攀日数、14日間、登攀スタイル、カプセルスタイル、ソロ以上です。現状では、かなり無理がありますが。

阿弥陀岳北西稜

一ノ倉岳山頂
左が山野井泰史氏 右が山野井妙子氏

(04/03/19 e-mail)

3月9日、奥多摩に戻りました。伊豆ではハイキングも沢山する予定でしたが結局、フリークライミングばかりでした。成果としては5.11を10本ぐらいと5.12bを1本登りました。12のルートは僕が得意とするクラック系だったために登れたのかもしれません。登れた日はさすがに嬉しくてスーパーマーケットで高級なステーキ肉でも買おうかと一瞬考えましたが、勇気がないためかお買い得のレトルトハンバーグを買ってしまいました。今は奥多摩の岩場で地道に5.10クラスのルートに挑戦してます。指の関係上、得意不得意があまりにも、はっきりしているので、もう少しオールラウンドに登れるようになりたいからです。

して昨日、初めて雪山に登ってきました。挑戦したのは谷川岳一の倉沢4ルンゼ。痛い足にプラスチックブーツを入れるのにも勇気が必要でしたが何よりも足で雪面に蹴りこめるかは、大変疑問でした。このクライミングには日本登攀クラブの友人も同行してくれました。多分、彼には物足りないルートだったと思います。そしてなんと無謀にも妙子も一緒に行ったのです。あの指でピッケルとバイルを握れるのか、それは心配でした。

私達は暗いうちから登り始めましたが友人が常に先行し僕と妙子が後からついて行きました。僕は足が痛いためスピードはでませんでしたし妙子は左手からバイルを何度も落としていました。しかし久しぶりの一の倉のクライミングは少々の緊張もあリましたが、やはりフリークライミングでは経験できない開放感を得ました。そして一の倉沢出合を出発してから3時間20分後、太陽が昇り始めるころに稜線に抜けたのです。少し感動しましたが8000メートル峰を登るよりも疲れ果て、西黒尾根下降は本当にボロボロになりました。来月にはもう少し難しい雪山に挑戦してみようと現在、考えてます。

話は変わりますが、僕の本が山と渓谷社から「垂直の記憶」が発売されるからと言うわけではありませんが、今月から来月にかけていくつかの新聞や雑誌に登場する予定です。産経新聞は3月29日から5日間連載されます。4月10日ぐらいには週刊現代で有名なノンフィクションライターの人との対談が出る予定です。その他いくつかあるかもしれません。はっきり言って恥ずかしいですが、たまには良いでしょう。暇な人がいたら買って読んでください。とりあえず来月は穂高か剣岳など等を考えてます・・・

一ノ倉4ルンゼ
トップは山野井妙子氏

(04/02/12 letter)

3月下旬頃、僕が書いた本が出版されます。タイトルは多分「垂直の記憶」になると思いますが、決定ではありません。昨年、入院中に山と渓谷の人から勧められ書き始めました。内容はヒマラヤなどの高峰クライミングが中心です。最初はヨセミテ時代やバフィン・パタゴニアでの登攀もと考えましたがあまりにも膨大すぎるので、12年間に18回も挑戦した高峰クライミングを選びました。
初めての遠征・ブロードピークそしてヒマラヤソロクライミングをスタートさせたメラピーク西壁、最近のK2ソロやギャチュンカンも入ってます。昔から記録を書くのは好きでしたが、本にするには、その時感じていた事、思っていた事を書かなければ意味がないので、それは苦労しました。しかし昔を思い出すのに良い機会になったのも確かです。また本を書くのは初めての経験ですが、何かを作り上げている喜びを感じました。作業中は山と渓谷の人や大物ノンフィクションライターの人に何度もアドバイスをいただきました。
僕だけでは、とてもまともな本にはならなかったでしょう。発売されたら、どうか買って読んでください。出来れば、回りの人にも宣伝してください。やはり沢山の人に読んでもらえたら単純ですが嬉しいです。
フリークライミングの方は、あまり進展がありません。5.11は登れてますが5.12は挑戦してますが登れません。次の報告の時には12を登りたいですが…もう少し指の力をつけたいです。

(04/01/19 letter)

伊豆に来て2週間になります。この知人の別荘には、テレビは無いのでラジオやCDを聞いたり読書したりして過してます。また最近は釣によく行ってます。海までわずか2分で歩いて行けるので嬉しいかぎりです。伊豆の城ケ崎は10キロにもわたり磯が続いているのです。しかし僕が持っている竿は、どうも磯釣りの竿ではないらしく、気持ちは針を遠くに飛ばしたいのですが、まったく飛ばず小物しか釣れません。そもそも小学生の時に買ったこの竿は本格的な人から見るとかなり古く糸も柔軟性が無いみたいです。他の釣人は大物(多分メジナ)を狙っているのでしょう。服も装備も随分と僕たちとは違います。僕たちに釣れるのはふぐかタナゴばかりですが煮て食べると、かなりおいしいです(さすがにふぐは食べないが)。

そして再開したと言えば城ヶ崎海岸でクラッククライミングに最近挑戦してます。10~20mの断崖には本当に無数のクラックがあり楽しめるのです。10代から20代前半まではたくさんのクラックを熱心に登ってましたが最近はすでにボルトが設置されているスポーツクライミングばかりでした。昔一番クラックを登れたころは5.12・5.13のルートも登っていました。クラッククライミングは、自分でナッツやカムを設置するので、毎回、初登攀するようなワイルドな感覚で登れるので興奮します。パープルシャドー・アンクルクラック・ファザークラック・イサリビクラック・インディアンドールと古典的なクラックルートを登りましたが、どれも一級品でした。僕は手の指が少々足りないのでフィンガーやフィストジャムは難しい時がありますがハンドサイズならば問題はありません。
伊豆には2月下旬まで生活する予定なのでそれまで大物を釣り上げさしみを食べたいですし、もっとたくさんのクラックルートを登りたいと思ってます。