(05/12/22 e-mail)

日本海側に比べると穏やかな日々が続いていますが奥多摩も2回ほど雪が降りました。
12月上旬は恒例の餅つき大会でした。我家の臼は、とても古く(100年?)、餅に随分と木のかけらが混じりましたが、とても美味しく、また楽しい1日をすごしました。しかし翌日の御前山のハイキングでは途中から吹雪になり、かなり寒い思いをしてしまいました。

翌週は日本登攀クラブの忘年会。あるOBは我家のために長野から中古のウォシュレットを持ってきてくれ、また設置もしてくれました。これで僕の長年の夢がまたひとつ達成されたのです。(11月下旬にはサッシの窓ガラスも入りました。感動です。)その翌日には最後の講演会?に行きました。(来年は人前で話しをする事を止め登りに集中しようと思っています。)

また妙子の実家の行ってエビイモ掘りの手伝いもしてきましたが風吹く中の農作業は厳しく農家の人々に根性を教えられました。

この様に今月は色々ありましたが、クライミングのほうは近所の白妙の岩場に時々行っては冷たさを我慢しながら真剣に?5.12aのルートに挑戦していますが登れていません。石灰岩はなかなか難しいです。なんとか今月中に、これを解決してアイスルートや冬壁に向かいたいと思っています。


(05/11/24 e-mail)

今月に入ってから、あまり体調が良くありません。それは妻が用事があり実家に戻っているので偏った食生活をしているせいでしょう。まず久しぶりに風邪をひきましたが、それがなかなか治りません。レトルト食品や冷凍食品ばかりで野菜不足からきていると思われます。確かに15年前、一人暮しをしている頃は年間、5回は風邪をひいていました。当時は全く栄養など考えず唐揚げ弁当ばかり食べていましたから。
それに加え、最近は体重も増えてしまいました。現在60kgジャスト。ベストが57kgなので登っていると重くて仕方ありません。3㎏はビックリするほど大きいです。米やパスタなどの炭水化物が好物なので、ついつい多く食べすぎてしまいます。そして甘い菓子類も。これで本格的な冬を向え炬燵に入っている時間が多くなると減量する機会も失いそうです。また知人から興味深い本をいくつか、いただいたので身体を動かさずに読んでいる時間も増えました。良くない状態が続きそうです。
最近読んだ本では「黒部別山 積雪期 黒部の衆」は素晴らしかったです。最近はスマートでスピードのあるクライミングばかり目立ち、それが最高のように思われていますが、「黒部別山 積雪期」の記録は泥臭くはありますが、魂のある重要な本当の登りが隠されているような気がしました。

(05/10/27 e-mail)

最近の小さな一つの成果としては、5.12のグレードが付いたフェースルートに成功したことでしょう。クラックルートでは、すでに5.12を達成していましたが指の力を必要とするフェースは今の僕には、かなり難しい、むしろ不可能に近いだろうと思っていただけに、少々嬉しいです。その事を思えば、ポタラ北壁のソロなどは最初、可能性はかなり少ないと思っていましたが成功しましたし、よくある言葉ですが、自分を信じて突き進めば、ある程度の結果は残せるものです。今は程遠いいですが、以前登っていた5.13やヒマラヤの高峰でのアルパインスタイル ソロなども再び現実になる可能性もあるかもしれません。あまり言葉に出すと現実にならないかも・・・とりあえず思い描きつづける事は重要でしょう。

可能性と言えばパキスタンがすぐに復興するのは、かなり厳しい現状のようです。まもなく冬が来るのに、多くの村には、たくさんのホームレスがうまれたようです。日本ではテレビ報道などの時間は少なくなってきましたが、現場はまだかなり悲惨な状況のようです。クライマーは、このような時、なかなか行動しようとしない人種ですが、そんな中、ある知人は友人達から集めた義援金を持ち、まもなくパキスタンに旅立ちます。彼の素早い判断力と行動力には感動させられます。


(05/10/17 e-mail)

最近、雑誌に出たり、人前で話したりする機会がやたら多くなったような気がする。何か偉そうで自分自身でも嫌気をさすことがある。
「できればクライミングだけをしていたい」
このような複雑な心境になったのも次の目標が明確に見えていないからだろう。では、このような仕事はすべて断れば良いか。実際はあまりにも暇な生活が続いているときには、知らない人と話すことは良い刺激になるのも事実だ。どの仕事を受け、どれを断るか、これが難しいところだろう。ネパールの氷壁、ニュージーランドの山々、アメリカのミックスルートなど、わずかに次が見え始めているので、このような心境も、まもなく解消されることだろう。
自分自身の事よりも気がかりなのは、何度も訪れた事もあるパキスタンだ。知人もたくさんいる。彼らには、あまりにも不幸が続いているような気がする。いつになったらトレッカーやクライマーが沢山訪れる国に戻るのだろうか。


(05/09/25 e-mail)

中国のクライミングで足先を痛めましたが、その個所が相変わらず治らないため、今月は易しい岩場を多く訪れました。それも今までに登った事の無い岩場などで遊んで来ました。最初は河口湖に近い十二ケ岳の岩場、予想とは違いしっかりしたボルトが多く設置され、下手になった僕には安全で楽しい1日になりました。三つ峠にも15年ぶりに行きましたが、ハイカーとクライマーが多いのにはビックリでした。
中旬には飼っているカメを車に乗せ長野方面です。鳶岩では5.10も登れず苦労しましたが、クライミング後の松代の温泉は身体に良さそうなお湯でした。長野市のクライマーに昔から親しまれている物見岩では、名前のとうり景色が素晴らしい場所でした。
と言うわけで今月は特別な成果も無い時間を過ごしました。
連絡事項としてはポタラ北壁単独登攀の記録を今月号の山と渓谷に載せています。その他、沢木耕太郎さんが僕たちの事を書いた「凍」が9月30日に出版されます。


(05/08/25 e-mail)

ポタラ北壁の成功後ボーとする日々が続きましたが、久しぶりに山に行きました。先日、北アルプスの蝶ケ岳に登ったのです。僕が蝶ケ岳と言うと不思議に思う人も多いでしょう。実は目の不自由な人達、そしてその仲間の人達との登山でした。僕も妙子も始めての体験だったので、最初は不安もありましたが後半には驚きと感動が連続する登山になりました。このグループ(NPO法人山仲間アルプ)には、生まれながら目が不自由な方、あるいは大人になってから何らかの原因で見えなくなった人などさまざまです。彼らに共通しているのは僕らよりも全身で深く山を感じ、時には山々を眺めているように思えました。僕は、ある男性に気軽に「雪渓が見えた。霧が深くなった。」と言ってしまいました。後々もっと詳しく説明すべきだったと後悔もしましたが、あんがい僕よりも雪渓も霧も見えていたのかもしれません。また彼らの歩く能力についても驚くべきものを感じましたが、それについては、ぜひこの様なグループに参加し実際に体験してみてください。まずビックリすることは間違ありません。本当は僕達の今までの体験などを伝える趣旨で行われた登山だったのかもしれませんが、結局、逆に彼らから山に登ることについて学ばせてもらったと思います。僕達はサポートするのではなくサポートされ、最終的には共に楽しく遊んだのです。


(05/07/28 e-mail)

昨年登れなかった中国は四川省のビックウォールに再挑戦してきました。
6月22日 日本を出発し7月25日に帰国しました。昨年と同様に現地は悪天候の毎日で1ヶ月のうち雨の降らなかった日は1日も無くずいぶんと苦しめられました。

しかし今年は完登です。ついに2年がかりで成功させました。

体力面も鍛えなおしてましたし弱点である手足の防寒対策も以前よりも研究しました。
ベースキャンプはたくさんの花が咲きヤクや羊などが遊びに来る素晴らしい場所で標高は3700メートルです。本格的に大岩壁が始まるのは4500メートル付近で昨年岩壁に残しておいた200メートルのロープが今年も使えたのは助かりました。まず下部岩壁にロープを設置するのに1週間かけました。

数日の休養後7月13日から本格的にアタックを始めました。毎日ポーターレッジ(岩壁用ベット)にぶる下がりながら少しづつ前進して行きましたが、あまりの悪天候のため2日目にはダウンジャケットや寝袋はびしょびしょに濡れまともに寝ることも出来なくなりました。しかし連日の登攀のため身体の筋肉は悲鳴をあげてましたが休むことなく登りつづけたのです。北壁のため太陽は1秒も当たらず震えながらの登攀です。途中かなり危険な場面にも出くわしましたが、それも克服しました。

そして登攀を開始してから7日目ついに5350メートルの稜線に抜けたのです。

今回はかなり気合も入れてましたし、ある程度の覚悟もして挑戦しました。このポタラ北壁を登らなければ何かが始まらない気がしていましたし またクライマーとして僕が死んでいないと言う自分自身への証明も必要でした。実際の登攀中、精神面の持久力には他人事の様ですが、驚きの連続でした。あの悪条件でなぜ諦めないのかなぜ気持ちが続くのか僕にも解らないぐらい凄いものでした。
現在日本に帰国した僕は、能力の限界まで出しきってしまったのか、まともに歩けないほど身体はボロボロですが、しばらくは安らかな生活が出来そうです。


(05/06/20 e-mail)

先月、目標だった現人神(5.12d)も登れたので今月はのんびりと誰も触れていない石ころを見つけてはボルダリングを楽しんでいます。

昨年まで12年間住んでいた家は、歩いて5分ぐらいの渓流に石ころがたくさんあり時々訪れていましたが、その頃はもちろん登っている人に会うことはなくチョークの跡もありませんでした。また暑い日などは、よくそこで素っ裸になって泳いだり、友人と流しそうめん大会も開いたこともあります。

近頃その石ころ群(むかし道ボルダー)が人気あるようで先日も家から自転車で遊びに行くと、たくさんチョークの跡があり多くの人が登っていること解りました。以前、僕が考えていたが登れなかったルートにチョークの跡を見つけると何故か先を越された悔しさなどは無く、むしろ登った人の能力の高さ思うと嬉しくなると同時にうきうきもしました。

5日前は、15年ほど前に遊んだことのある石ころたちを登りに行きました。
久しぶりに訪れたその場所は相変わらず誰も登った跡が無く少々脆い岩に苦労しながらも楽しめました。もちろん僕と妙子とでは難しい所はは登れず易しいラインばかりで遊びました。多分この場所も能力の高いボルダラーがくればもっと高難度ラインが出来るでしょう。

話しは変わりますが月刊、新潮(7月7日発売)に沢木耕太郎さんが、ギャチュンカンを中心とした長い文書を載せます。ゆくゆくはそれを本としてまとめるようです。長期間取材を受けましたしノンフィクションの第一人者が書くのですから僕自身が書いたギャチュンカンの記録よりも素晴らしいでしょう(僕は中国に遊びに行ってしまうので読めませんが)暇な人は読んでみてください。


(05/05/28 e-mail)

久しぶりに僕にとっては大きな成果がありました。
4月から挑戦していたミズガキの5.12dのルートに成功しました。ルート名は現人神(あらひとがみ)、2年ぐらい前に初登されたルーフクラックですが5日、のべ7回のトライでした。ギャチュンカン登攀後、クライミングを再開して1年と10ヶ月、最近では最高グレードの成功です。

以前、知人からこのルートの話しを聞いたとき、手足のハンディをあまり影響しないのではと考え、密かに計画を温めてきました。

昔はオールランドにスラブ、クラック、フェースとそこそこ登れていました。現在はルートによって得意不得意がはっきりしていますが、これは残念ながら仕方ないことです。
とりあえず今回のこの成功は今後も良い思い出と残るのは確かでしょう。
それと今年はもう一つ大きな目標がありますが、現在それに向け準備中です。

話は変わりますが先日、穂高屏風岩のパラノイアを単独で登ってきました。壁の中ではテントも張らず夕暮れのなかツバメが飛ぶ姿を眺めながらの気分の良いビバークでした。

(05/05/08 e-mail)

最近はミズガキ山ばかりでクライミングです。小川山と違って人もいなく静かなうえ、駐車料金も要らないので気にいってます。5.12のクラックルートに挑戦したり5.10クラスのチムニーを楽しんでいます。

連休後半も初日は不動沢の前絵星岩で4ピッチのルートを登り、2日目は大ヤスリ岩の夢のカリフォルニアルートなどを楽しみました。3日目は気分を変え甲府幕岩に移動しボルトルートを登りました。

この連休で大変ショックだったのは高価な前歯が少し欠けたことです。実は僕の前歯は5本がブリッジで本物の歯ではありません。高校生のとき八ヶ岳でクライミング中に友人の墜落に巻きこまれ前歯を失いました。(その時のケガは歯が歯茎の奥に食いこんでしまった)その後ブリッジを入れましたがやはり高校時代にアイスクライミング中、氷が前歯に当たり高価な品物は雪の中に消えました。

その後はお金が無かったので刺し歯にしましたが、それもアメリカ放浪中、女の人とハンバーガーを食べているときに、なぜか突然ばらばらに砕けてしまいました。(その瞬間は、とても恥ずかしかったです)それから4年ほど前歯がありませんでしたが他人が見ると、かなりみっともない様ですが、本人は当時あまり気にしていませんでした。そして24、5のときに現在のブリッジにしたのですが、寿命なのか、あまりショックをかけていないのに欠けてしまいました。

今のまま我慢するか、作りなおすべきか考え中です。と言うことでクライミングばかりの人生のため手足、腰、膝ついでに歯もボロボロです。
5月はたまには屏風岩などのロングルートに一人で登りに行こうと思ってます。

大ヤスリ岩 妙子氏


ミズガキ 前絵星岩


我家にて

(05/03/27 e-mail)

アイスクライミングのシーズンも終わりだと思います。
今シーズン、最初ころは易しいナメ滝ですらビビリながらリードしていたにしては格段進歩がありました。3月には垂直の氷の入門ルートである大同心大滝や摩利支天大滝などをリードしました。技術的な進歩もあったと思いますが友人が作ってくれたリストループのおかげで、かなり握力を使わずぶる下がっている事が可能になったのも大きいと思います。
来シーズンは、もっと難しい氷や谷川のアイスルートに挑戦したいと思います。

そして今月の最大の成果と言えば奥多摩のディンプルの成功でしょう。
グレードこそ5.11bと低いものの僕には苦手なホールドが続き、最初トライした時にはほとんど不可能と感じました。
それが何日目かのある日、驚いた事に可能性が突然見えたのです。

そして成功。

終了点では珍しく雄叫びをあげてしまいました。ここ数年の高所クライミングや5.13のルートの成功よりも感激でした。
やはりクライミングはグレードではなく自分自身の限界と思われる山や岩に触れ、そしてそれを成功させるため本人が持っている最大限の知識と能力を引き出した時に最大級の喜びを獲られることあらためて知りました。

その他、我家のニュースとしてはBSアンテナが壊れた事と飼っているカメが脱皮した事、5万円で買った車がやたら調子の良いことぐらいでしょう。
それではまた。


(05/02/17 e-mail)

北海道は層雲峡に行ってきました。
出発の前日、なぜか我家の車は壊れ使えなくなった。仕方なく友人の車を借り新潟港を目指してひたすら関越道を走る。
苫小牧までのフェリーは18時間と長くのんびり読書と睡眠。苫小牧には早朝4時に到着。そのまま雪道を慎重に走り登別を目指す。
登別では海岸でボルダリングを楽しむつもりであったが、とても寒く(気温はプラス7℃だったが)砂地も雪に覆われていた。座布団をマット代わりに6クラスのボルダーに挑戦するがどれも難しくなかなか登れなかった。午後は港近くで無料温泉を見つけるが雰囲気が素晴らしく、のんびりと浸かり地元の人と話すが、ここは東京からも温泉マニアが来るらしい。その晩は、札幌の友人宅へ。新婚の彼は日本でも有数のアルパインクライマーである。

翌日は何年ぶりかでの観光?雪祭りを早足で見た後、旭川空港に日本登攀クラブの後輩を迎えに行き、そのまま層雲峡に入った。

初日は古典的ではあるが銀河の滝を登る。駐車場には観光バスが来ては滝を眺めて帰っていく。銀河は技術的にも難しくなくコースタイムよりも早く完登。あまった時間でNAKA滝も登った。

2日目は雲井の滝へ。この日は昨日よりも寒くまた天候もあまり良くなかった。
特に最後のピッチのリードは今回のクライミングで一番印象深く皿がいくつも重なったような氷の中、迷いながらそして時間をかけながらのまるで冬季登攀の様だった。宿泊先で2回温泉に入り生き返える。

最終日はパラグーフォールへ。アプローチも近くまた素晴らしい氷柱だ。
すでに2日間登っていたので手足の感覚がおかしかったが美しい氷を満喫した。
プロテクションの取りすぎと時間のかけすぎで、再び実力の無さを感じたが十分に楽しんだ。その晩は日本登攀クラブの先輩が層雲峡近くに住んでいるので、そこに泊めさせてもらった。
翌日、全て予定していた計画を終え吹雪の中、緊張しながら苫小牧までドライブし今回の旅を終えた。

登別のボルダリング


銀河の滝


NAKA滝


雲井の滝

(05/01/31 e-mail)

最近は毎週のようにアイスクライミングに行っています。
実を言うと怪我をして以来、初めての本格的な氷です。昨シーズンに1度だけ一の倉の4ルンゼを登りましたが、あれは、ほとんどが雪壁で氷は、ほとんど出てこなかったのです。この冬は垂直の氷がリード出来る様にと目標を持っていました。

最初は八ヶ岳の南沢小滝をトップロープで登りましたが氷に突き刺す瞬間の小指の握り締めが出来ないためアイスバイルはぶれて仕方ありませんでした。

次に行ったのは吾妻渓谷、ここでは氷のコンディションも悪くあまり練習になりませんでした。そして以前、ミックスクライミングを楽しんでいた西沢渓谷も行きました。ここでもリードには自信が無くトップロープで練習しましたが、手足は寒く痺れてしまいました。本当は、最近のクライマーのようにシングルの革靴で登りたいのですが、冷えがひどいのでヒマラヤ8000メートル峰で使うような大きめのダブルブーツを使用してます。

先週は再び八ヶ岳です。ここで南沢大滝をリードしました。昔はロープもつけずに登っていた氷ですが今回は十分に緊張する登りで腕もかなり張りました。動きはまだまだですが、もう少し難しい所がリードできる様に色々な場所に行ってみようと考えてます。予定では、2月は北海道は層雲峡です。

追伸 御岳のボルダーでなぜか2級が登れてしまい喜んでいます。

八ヶ岳の南沢大滝