(11/12/16 e-mail)

久しぶりにボルダリングを一人で楽しんでいます。
家から車で5分、そして歩いて下ること5分でたどり着ける場所です。ここは奥多摩に引っ越してきた20年前に時々遊んでいました(泳ぎも) ここは両側が急な斜面で、また上の道からも見えにくいこともあり、この場所に訪れたことのある人は、ほんの僅かだと思われます。
じっくりと見渡してみると10メートル程の大きな岩には以前僕が残してしまったロープが汚い状態で下がっています(いつか回収しなければなりません) また久しぶりだと、どの岩のどのラインを成功したのかも定かではありません。
そこで僕でも登れそうな面白そうなラインを適当に挑戦するのです。そして上手いこと登れたりするとこんなルート名が似合うだろうと岩の形状を見ながら考えるのです。それは、それは、とても幸せな時間になります。多分1月に入ると強烈に寒くなるので、それまでに数度遊びたいと考えています。

(11/11/11 e-mail)

11月上旬は、ピオレドールアジアの功労賞のようなものをもらいに韓国に3日ほど行ってきました。
主催側は、まだ登り続けている僕が素直にこの様な賞を受けとってくれるのか心配していたようです。実は僕はあまりその辺のこだわりは昔から持っていません。たとえばこれから登っていくうえで自分のクライミングに制約が起きそうなことは必ず断りますが、今回のように、航空券、ホテル、食事等を用意してもらい、クライミングも楽しめるのであれば喜んで参加するのです。今回の旅行で唯一残念なのは韓国の有名なフィンガークラック「強敵クラック」を触らないまでも見てみたかったなと言う事ぐらいです。
それよりも久しぶりに感動したことがあります。庭を掘っているとカブトムシの幼虫が19匹も出てきたことです。この近辺ではカブトムシは見かけません。考えられるのは、以前幼虫から育てた成虫を水槽から外に逃げられるように庭に置いておいたことです。そいつらが卵を産み落としたものと考えられます。現在幼虫は、山から運んできた腐葉土を入れた新品の衣装箱に収まっています。

(11/10/18 e-mail)

クライミング以外のことで珍しく忙しくしています。
まず先日までネパールに行ってきました。7年ぶりになると思いますが、トレッキングにゲストのような形で15日間参加してきました。初めて見るアンナプルナ南壁は予想どおり巨大で迫力があり、お客さんと同様に感動しながら眺めてきました。
11月も少し忙しい。(全部で7日程の用ですが、僕の感覚からすると十分忙しいのです) その用の中にはスライド会も含まれていますが11月12日は大阪で随分と大きな場所で行うようですが、入場料の一部は義援金に回るようなのでお暇な方は・・・。
もともと不規則な食事、睡眠は苦手なので体調管理だけには注意してクライミングが今より下手にならないように気おつけたいと思っています。

(11/09/20 e-mail)

友人が病気で亡くなってしまいました。
その人とは25年前にはシャモニーやヨセミテで、もちろん日本でも一緒に登っていたクライミング仲間です。けして諦めずに少しでも上へと登ろうとする姿を僕らにいつも見せてくれました。
この夏のパキスタン登山の際、その人は貴重なクライミングギアを貸してくれました。そのギアも返すこともなく現在も僕の部屋の片隅に置いてあります。ここでパキスタンへの出発前に送ってくれた、大切に保存してあるメールの一部を紹介します。

「私はすべて、初めての経験ばかりで戸惑いの連続です。ただし、この未知の局面でどう対応するか、楽しんでいる部分もあります。まさに人生をかけた真剣勝負です。これは、ギリギリで踏ん張るクライミングのおもしろさに、通じるところもあると思います。タルタラム北西稜楽しんできてください。そして岩場で再会しましょう・・・・
追伸 今日自宅のボードをやりました。意外にできたのでびっくりしました。」

勝手に不特定多数の人に公開してしまって彼に怒られるかもしれませんが、いつの日か謝れば良いでしょう。僕はこのメールを読み返すたびに体の奥底にある微かに燃える炎に新たな燃料が加えられるような気持になるのです。悔いの残らないように登って、そして精一杯生きなければと思うのです

(11/08/18 e-mail)

パキスタンは、TAHURATUM(6651m)に単独で挑戦したものの5700メートル地点で敗退しました。
TAHURATUMはとても形の素晴らしい山で、久しぶりに見惚れてしまう対象だっただけに登れず残念です。さて1991年に登ったブロードピーク以来ヒマラヤやカラコルムのいわゆるエクスペディションも20年になります。その間に20以上の高峰の岩壁や氷壁を求めてきましたが、自分の身体と心に高峰に対応する能力が少なくなっているのではないかと、2年前のチベットの山で感じていたのですが今回のTAHURATUMでそれが決定的なものになったようです。
今までが頑張りすぎたでしょうか。特に過酷なソロクライミングでは肉体は痛みつけられ回復できないくらい徐々に弱っていったのかもしれません。もともと運動能力がそれほど高くないのに、一生に何度も引き出せないようなパワーを幾度も発揮してしまったかもしれません。また精神面でも何しろあれだけ美しい山を目の前にしてチャンスが少し残っているのに頑張らないのは以前では考えられない事です。今回は全てにおいて衰えを認める登山になりました。それでも・・・けして大きなことでもなくて良いから何かを目指したいとは現在も思ってもいますが。

(11/06/17 e-mail)

先週は、岩手県宮古市に行ってきました。
僕はそれほど貢献できたのは思えませんが、真剣にボランティアに取り組んでいる皆さんや前向きな地元の人に出会えたことは、貴重な時間を与えてもらったような気がします。
さて岩手、宮城 福島には沢山の良い岩があると聞いています。黒伏山南壁、大日岩、青葉、焼石連峰の猿岩、等々いくつも頭に浮かびます。いつの日クライミングで訪れてみたいものです。
さて今月下旬から10年ぶり(2001年、ビャヒラヒタワー南壁) にパキスタンの山に行ってきます。
乾燥した風と香辛料の利いたカレーを久しぶりに味わえます。目指す山は標高が6600mとそれほど高くはありませんが、鋭く尖っています。たくさん食料を持ちソロで挑戦します。登攀に12日間を考えています。はたして体力、精神力が12日間も耐えられるのかは少々疑問ですが、真剣に楽しんできたいと思っています。

(11/05/10 e-mail)

最近一人で山を登っている。
4月下旬は北アルプスの赤沢山の岩壁を一人で登った。はたしてどの位の人が赤沢山の存在を知っているだろう。周りにはあまりにも有名な穂高岳、槍ヶ岳があるのでクライマーでも登った人間は少ないだろう。赤沢山が頻繁に登られていたのは1970年代、エバニューで働いていた方も正面壁に新ルートを開いている。
しかし現在では年に1パーティーも登るだろうか?まさに忘れ去られた岩壁だ。ベースとなるのは槍沢ロッジの先にあるババ平のキャンプ場、そこから岩まで30分ほどで取り付ける。赤い岩はボロボロのように見えるが比較的硬くホールドも豊富なのでフリーで楽しめる。今回登った針峰フランケ中央チムニーは4月にしては雪も多く、また天候も悪かったため氷が付着しなかなかのアルパインルートになっていた。
計画していた赤沢山の岩壁から槍が岳の西稜へのソロクライミングは天候の問題もあり果たせなかったが、いつの日か再び積雪期に挑戦してみたい。また全国にあるだろう忘れ去られた岩壁たちを挑戦するのも面白いかもしれない。

(11/04/18 e-mail)

家の周り植物は今年も変わりなく奇麗な花を咲かせ始めている。
今朝見つけたカミキリは生まれたばかりなのか、歩き方がヨタヨタしていたが、羽根を広げたり閉じたりして、短い生涯のはずなのに飛ぶ練習をしているように見えた。動植物はあまりにもいつもと変わらない。それらを見ていると生きているだけで素晴らしいなと実感する。
今まで30年以上登り続けてきわけだが、登ることへ疑問を感じたことはほとんどなかった。だが今回の一連の出来事から、個人の趣味とは言え、あえて冒険を繰り返すことは生き物として正しくない行為なのだろうとは感じ始めている。まして社会のためにも地球環境のためにもプラスになると思えることはほとんどない。
多分これを読んでいる方の中には3月11日以来、山へのモチベーションが湧かない方もいるだろうが、それも仕方がないことなのだろう。もちろん僕は人生の重要な要素でもある登ることを、これからも続けていくだろうし、現在も相変わらず面白く感じる。だけど今までとは違う気持ちの変化が起こってしまうかもしれない。しかし、それも良いのだろうと思う。

(11/03/16 e-mail)

我家もその日は大きく揺れました。
まず家の中でも一番安全と思われる人口壁の部屋に移りました。揺れが続き、また古い家なので倒れる可能性もあると思いセメント瓦が落ちてこないか心配しながら外に出たところ地震は収まってくれました。
とりあえず我家には沢山のヘルメットがあるので、まずは隣の老夫婦に2つ持って行きました。そして翌日は久しぶりに講演会が予定されていましたが、こんなときに冒険談でもないだろうと考えていたら、主催者側から中止の知らせが来たのでホッとしました。
また2日後から予定していた西伊豆の海岸での岩登りはやめた方が良いと思いこれも中止しました。さて世の中は計画停電に戸惑っていますが、幸いにも僕らの生活は電気が来なくてもそれほど困らない生活(20アンペアで事足りる電化製品しか無い)をしているので不安は感じていません。こんな普通の生活が続けていられることは幸せだと思います。
一方被災地では現在でも救助を求めている方がどこかに居るかもしれません。その方々に早く暖かな手と食事が届くことを、また被災者の方の恐怖や悲しみや不安から解放されることを願うばかりです。

(11/02/17 e-mail)

この3週間、「初めて」を幾つも体験しましたが、その中から3つほど紹介したいと思います。
まず昔からボクシングが好きでしたが、初めて世界戦を見に行きました。彼らのがむしゃらさにとても感動しました。
2つ目は20年以上前に知人に連れられて登っていたと思っていた大谷不動でしたが、3日間いくつかのアイスルートを登ってみても記憶が蘇らないので、今回が初めてだったようです。いったいあの20年前、どこへ連れて行ってもらったのでしょうか。
3つ目は城ヶ崎で初めて35cm超えのメジナを釣った事です。30年物の竿とリールが持ち堪えてくれたことに感謝です。この年齢になっても「初めて」を体験できることは嬉しいことです。

さて今年の計画が具体的になってきました。夏は10年ぶりにパキスタンへ。偶然見た写真から気にいってしまった鋭い形をした山へ行きたいと思っています。秋は知人に頼まれてアンナプルナトレッキングに 参加予定ですが、その後そのままネパールに残り奇麗な6000m峰に行きたいと思っています。

(11/01/18 e-mail)

年末の山で寒いさなか登ったため手足が痺れてしまったので、1月中は暖かな伊豆で登ることにしました。雪山は行きたいところを我慢して2月からにと考えています。
特に城ヶ崎では、どうしても登りたいルートがあるので、それに集中し、その後、雪のある岩や山に向かう予定です。
ある日、妻がトップロープで登りたいと言うので、城ヶ崎のキングコングと言う5.11aのグレードがついたルートに取りつきました。実はそのキングコングは遠い昔、僕にとって初めて登れた5.11のグレードがついたルートだったのです。当時の思い入れが強かったのかもしれませんが、登っていくと次々に先の一手の岩の形が思い出せるのです。何と28年ぶりなのにです。不思議なもので17.18歳の頃の事などほとんど忘れてしまっているのに、登ったルートのホールドの形だけは覚えといるのです。
あの当時と比べると体力の回復力や柔軟性は衰えているでしょうが、唯一救われるのはキングコングをすんなり登れるようになったことでしょうか。